動き出す平面

2026.3.5

昨年(2025年)のことだけれど、僕はY-GSAが企画した「ル・コルビュジエ ─建築、旅、作品集から─」という連続講義に、いそいそと足を運んでいた。

西沢立衛さんと冨永譲先生が交互に教壇に立ち、コルビュジエという複雑な人物について——彼の全作品集と、彼自身の生々しい人間性とを交差させながら——語る連続講義であった。

そこで語られたのは、おおむね次のようなことだ。

  • だいたいこんな感じ(正確であって細かいことではない)

  • オープンエンドの出版形式(構造的に開かれている)

  • 彼の戦い(苦闘する)すべてが建築である

  • 西沢さんの言葉でコルビュジェ全作品集を考察する

  • 4:5の版型、Willy Boesiger、Oscar Stonorov、Max Billの編集とコルビュジェ

  • ジャンヌレからコルビュジェへ変身するのが「東方への旅」(冨永先生)

すでに定本としてパッケージ化(神格化)された定番の作品集を、もう一度新しい光の下で分析し直すこと。その緻密な考察の中に、僕はコルビュジエの底知れぬ奥深さと、世界を見る批評の眼差しの鋭さを学んだ。

話は少しばかり変わって、ミースの話をしよう。Ludwig Mies van der Rohe

最近の僕は、Court-house with Garage,1934の平面図(プラン)のことが、どうにも気になって仕方がないのだ。

そこにはある種の、静かで奇妙な魔法がある。ガレージという無骨な要素が、本来ならリジッドであるはずの平面に向かって、まるで鋭いペーパーナイフのようにすっと突き刺さっている。その介入による影響を受けて壁面は湾曲し、それまで息を潜めて静止していた平面が、突然ジャズのインプロヴィゼーションのように動き出すのだ。

その空間の構造をより正確に理解しようと、僕は図面の上に何本かの細い補助線を引いてみた。

恐ろしいほどに見事に、すべてが計算し尽くされているのだ。(当然だ)

来客の動線を辿ってみる。リビングルームからは、プライベートな寝室の気配は微塵も感じられない。しかし、そこから計算された歩数だけ歩を進めると、ごく自然な流れでダイニングが現れ、その背後に寝室がひっそりと控えているのがわかる。

驚くべきことに、このプランにはドアというものがただの一枚も存在しない。空間を物理的に隔てる扉が、どこにもない。それなのに、僕はこの一枚の静かな二次元の平面図から、人間の生活を柔らかく包み込むような、底知れぬ空間の豊かさをありありと感じ取ることができる。

本当に、素晴らしいとしか言いようがない。一枚の図面が語りかけてくる沈黙の言語に耳を澄ませることは、建築家にとって何よりも幸福な時間なのだ。(飯島敦義)

IOII architects